島尾敏雄『死の棘』の毒に当たる
2017年に公開された満島ひかり主演映画『海辺の生と死』。これは島尾敏雄と後に妻となるミホの出会いと恋に落ちるさまを描いたもの。原作は、ミホが記した同名の小説です。一方、夫の敏雄は、激しい愛で結ばれて夫婦となった二人の成れの果てを『死の棘』にまとめました。日本文学史に残る名作で、ぜひ多くの方に手にとってほしいと思います。
精神を病んだ妻に許しを請い続ける夫の心理
夫の不倫を知ったミホは精神に異常を来たします。どうしたらいいか分からず右往左往する敏雄と二人の子供たち。不倫をしたけれど、妻を愛している。妻を狂わせてしまったけれど、そんな妻にまだ甘えたい。過去を許してもらいたい。
こうして書くと、なんだか都合のいい夫ではあります。壊れた妻の横で夫自身ももだえ苦しむようすが、克明に記されます。
夫の心の奥の奥までさらけ出しています。作品として素晴らしいのはもちろん、女性にとっては男性心理を知る上で役立つ本です。
私は、夫からDVを受けている時期に読みました。精神を病んだ妻の横で、自分も狂ったふりをして、余裕のない妻に逆に気遣わせるというくだりは、なるほどなと思いました。
DVをするとき、夫は怒りのあまり感情が抑えられないように見えるのですが、それはあくまでそういう「ふり」をしているだけ。本人は状況を冷静に見ているんですね。
殴るときは、隣の部屋まで振動が伝わらないよう気を付けていましたし。旅先のホテルで私に流血するケガを負わせ、カーペットに血がボタボタ落ちたとき、チェックアウト前に夫がおもむろに鼻にティッシュを詰めて部屋を出るんです。何のつもりだろうと思ったら、ロビーで鼻を指さして「鼻血が出て、カーペットを汚してしまいました」と。何ていう気の回しようだろうと、あきれて何も言えませんでした。
島尾敏雄の場合、妻があまりにおかしいので、自分も正常でいるのがやっとというところはあったのでしょうけれど。
読み始めると、暗くなる、けれど続きは読みたくなるという毒のある一冊です。それなりに厚いですから、コロナウイルスの影響で一気読みしやすい今がいいかもしれません。切れ切れに読むと、長期間沈んだ気持ちになりかねないので。
小説の創作秘話は、梯(かけはし)久美子さんのノンフィクション『狂うひと』に明かされています。
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